看護留学とニューヨーク面接:2006年の冬にルイジアナの看護学校卒業を控えて、私は就職先を探しておりました。F-1学生ビザで一年間有効の労働許可証をもってニューヨークのバッファロー空港に到着し翌日の病院面接のため、ホテルにチェックインする必要がありタクシー乗り場へ行ってその運転手に運賃を聞くと、その費用は高いので私はNOといいました。その後その白人運転手は笑いながら私に指差してこの雪の中で歩いたらお前は死ぬだろうと言いました。私は歩く事を選択し時折、暖房の効いたほかのホテルで暖を取りながら予約のホテルに到着と思いきや、フロントは私の名前を見つける事が出来ません。どう見てもその男フロントデスクは怒ってます。結局私のホテルは隣でしたのホテルでした。そしてそのMICRO INN(マイクロイン)のフロントも対応悪い。私の事を何か言って笑っているような感じですね。これは全米共通で安ホテルの泊まるとこのような対応がおきがちです。その翌日の面接後、私はもうひとつの面接をMEDINA(メダイナ)と言う街で受けなければなりませんでした。この街は100マイル(170キロ)ほどバッファローから離れており、徒歩は無理なので、私は長距離タクシーをやむなく利用して$75(一万円)かかりました。面接後貧乏学生でしたので、帰りはタクシー無理なので歩きを選択しました。しかし5,6時間歩いたところで、両足は水ぶくれ状態で降参し、タクシーを利用してバッファローまで帰り、その運転手は私を空港まで乗せたいらしく、途中で下車の私に不満顔をみせます。バッファロータクシーは私にかぎらず、悪名高いようです。さて私はその日節約の為、ホテルには滞在せず、バッファロー空港のロビーで一夜を過ごしまして。当時私は40歳過ぎですが、こういう生活をしていると、命が縮まるだろうなと思っていました。アメリカで留学というと華やかな面もありましたが、こういう現実が私にありましたと言う話でした。

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